ロマン・ロランと生きる

フランスの作家ロマン・ロラン(1866~1944)に関する情報を発信するブログです。戦中・戦後の混乱期に幼年時代を過ごした人々の間では、ロランは必読書だったそうです。人生の師と仰ぐ人も少なくありません。現代の若者にはあまり読まれていないようですが、ロランと同じ精神の家系に属している人は少なからずいるはず。本ブログがロランの精神的兄弟たちを結び付ける場になれば幸いです。

ロマン・ロラン 自筆 戦時の日記


孤独な作家を支えた声

自己の確信と人間的な友愛への理想とに
忠実であり続けている労働者の間で、
あなたの言葉が深い反響を呼び覚ましたことを断言します。


フランスの作家ロマン・ロランが第1次大戦中に書き記していた「戦時の日記」の一葉である。ロランが「フランス総同盟」からの知らせを書き写したもの。邦訳は、みすず書房ロマン・ロラン全集』第28巻のP500にあるが、訳文には本資料に書かれていない内容も含まれている。もともとロランの作品を多く出版したオランドルフ社にゆかりの人物が所有していたようなので、ロランが日記とは別に書き写して送ったのかもしれない。

ロマン・ロランへの謝辞

パリ 1915年8月15日

フランス総同盟に結集している、
労働センター、労働組合地区連合および
工業組合全国連盟の会議は、
8月15日、パリにおいて開かれました。

会議終了後、集まった諸団体の代表たちは、
公然と意見を表明することは諦めるという
あなたの決意に全員、心を動かされ、
彼らの熱烈な同情を表現することを切望しました。
自分の考えをほしいままに表明している者たちの侮辱、
あるいは敵意ある文学的な宣言によって動揺なさらないことを、
彼らはあなたにお願いするのです。

諸団体の代表は、
自己の確信と人間的な友愛への理想とに
忠実であり続けている労働者の間で、
あなたの言葉が深い反響を呼び覚ましたことを断言します。
あなたが決意を取り消され、
これまで以上に必要とされている
あなたの行動を再開されること。
そのことを知る喜びを、
彼らがやがて持てるように希望します。

署名(裏面)

教員組合連盟
金属連盟
ローヌ同盟
ロマン労働センター」


ロランは彼らが開いた会議の決議文について、「その精神は純粋、率直、明確である。戦争開始以来フランスであがったもっとも知的な、もっとも公正な声である」※1と記している。

平和なときに平和を語ることはたやすい。熱に浮かされた群集が正義を叫んでいるとき、たった1人で反対の声を挙げることは容易ではない。何らかの使命感がなければ、とても担えない役目だ。ロランは次のように回想している。

「私は言わなければならなかった。なぜか?
誰も他の人が言わなかったから(中略)
聞こえるのは戦争の大きなのどからの
吼(ほ)え声だけだ!(中略)
私はその役目を果した。
うれしい役目ではなかった。
心痛をもって果した(中略)
そのために私が何を失うかは
私にはあまりにもよく解っていた。
自分の仕事を静かに落ちついてすることができなくなること、
また20年に亘(わた)る親友たちとの友情を
なくすることになるのも解っていた!」※2

「ゲルトルト・ハウプトマンへの公開状」「戦いを超えて」など、一連の論説で世の中が聞きたがらない戦争の本質を指弾したロランは、当時のフランスで祖国の敵として憎まれ、叩かれ、裁かれた。ロランが指摘したように、「過ちを犯した人々がそのために誇りに固執し、彼らの誤りを彼らに悟らせようと努める者を怨(うら)む」※3ものなのだ。

ロランはスイスにいたが、身の危険を感じていたのだろうか。友人の詩人ピエール・ジャン・ジューヴに、次のような手紙を書いている。

「私たちは明日にも駆り立てられ、
絞め殺されるかもしれません。
そうしたことをすべて真正面から見つめなければなりません、
身慄いしないわけにはいかなくとも
(からだは、打たれた動物のように身慄いするでしょうが)、
せめて精神の前進は何事によって制止されても、乱されてもなりません。
明日死んでもよいという覚悟で毎日を生きるのです。
そして、同時に、永久に死んではならないかのように生きるのです」
(P・J・ジューヴ宛 1916年7月1日付)※4

ただ戦争に反対しただけで、取り返しのつかない罪を犯したかのように、身近な人々からさえ敵意と憎悪を向けられる辛さは筆舌に尽くしがたいものだろう。戦争の恐ろしさは生命を奪うことだけではない。憎しみが生命を蝕み、生きながら人間を破壊してしまうことだ。そんな中、例え少数でも自分に賛同し、励ましてくれる存在がロランにいたことは救いだったと思う。特に最前線で戦っている独仏両国の兵士やその家族から届いた多くの共感の手紙は、心痛を伴うものであったとしても、倒れそうなロランを支える杖となり、前進を続ける理由を与えたに違いない。

※1 みすず書房ロマン・ロラン全集【28】』所収「戦時の日記Ⅱ」宮本正清ほか共訳 P501
※2・3 みすず書房ロマン・ロラン全集【17】』所収「内面の旅路」片山敏彦訳 P538
※4 みすず書房ロマン・ロラン全集【36】』所収「どこから見ても美しい顔」宮本正清ほか共訳 P140