ロマン・ロランと生きる

フランスの作家ロマン・ロラン(1866~1944)に関する情報を発信するブログです。戦中・戦後の混乱期に幼年時代を過ごした人々の間では、ロランは必読書だったそうです。人生の師と仰ぐ人も少なくありません。現代の若者にはあまり読まれていないようですが、ロランと同じ精神の家系に属している人は少なからずいるはず。本ブログがロランの精神的兄弟たちを結び付ける場になれば幸いです。

アンドレ・シュアレス自筆書簡【1】アリス・カンプマン宛


厳しい作家の温かな批評

真実に目をふさぐことなく
人生を愛することは素晴らしいことです。
それが自分自身の情熱から発したものであり、
人生から流れ出る多くの残酷さや醜さを隠すことがなければ。


フランスの作家アンドレ・シュアレスの自筆書簡である。1929年4月21日付。当時シュアレスの秘書を務めていた女性アリス・カンプマンの自伝的小説『コンスタン・ピシュ』について、アリス本人に感想を書き送っている。便箋4枚にわたるもので、単行本として出版された『コンスタン・ピシュ』に挟み込まれていた。芸術に厳しかったシュアレスにしてはとても理解に満ちた、温かな批評になっており、そのまま小説の序文として収録されている。


アリス・カンプマンは1884年生まれ。シュアレスの友人で内務大臣官房長を務めていたアルフレッド・カンプマンの妹である。1918年頃からシュアレスの原稿をタイプしたり、校正刷りを直したりするなど秘書役を務めていた。彼女はシュアレスの作品を愛読し、暗誦できるほどだったという。父親はマラルメの従兄弟だった。

1947年12月、2人は結婚する。時にシュアレス77歳、アリス61歳。これは体力的に衰えてきたシュアレスの世話や執筆の手助けをするとともに、彼女を包括遺産相続人とすることで、子どもがいないシュアレスの原稿類が散逸するのを防ぎ、著作権を保護するためだったという。

シュアレスの死後、アリスは遺された原稿や手帖などを整理・分類し、ドゥーセ文学図書館に寄贈した。この孤独な仕事を「貧困のうちで黒服姿のまま、居ずまいを正し、凛として75歳まで続けた」(宇京賴三著『異形の精神 アンドレ・スュアレス評伝』岩波書店 P200)と伝えられる。


【意訳】
1929年4月21日付 パリ

あなたの小説は、
身近な人生から刺激を受けた憐れみに満ちています。
そこには1人の女性の眼差しによって、
涙の結晶である母性に満ちたかすかな光が注がれています。
涙は流れ落ちることなく、そこにとどまっています。

あなたには語りの才能があるばかりではありません。
自分が語りたいものを表現するため入念な準備をすることで、
自分を駆り立てるものに読者を引き入れるのです。
それはすべての作家にとって、
さらには1人の女性にとって最高の美徳です。

あなたの作品の中に私は、
運命による不幸を変えることができない
人生というものに対する愛情を感じます。
人間の運命がいかに悲劇的で不合理なものであろうとも、
あなたがその運命に弁解の余地を与え、
打開策をもたらすことを妨げはしません。
あなたの意志のすべては、
自然を正当化するために注がれています。
ほかに希望はありません。
それは心、さらに申し上げるなら
母性が創り出すものなのです。
私はこの豊かな創作力を、
「経験からくる幸運な豊かさ」と申し上げましょう。
あなたは病院を行き来するシスターのように、
この世を行き来していらっしゃいます。
あなたにそのような力を与えたのは
イプセンではないかと思います。

真実に目をふさぐことなく
人生を愛することは素晴らしいことです。
それが自分自身の情熱から発したものであり、
人生から流れ出る
多くの残酷さや醜さを隠すことがなければ。
鳥の犠牲になる虫があり、虫の犠牲になる野草があるように、
スズメやヒバリやツバメを誰が食べるのかは皆知っています。
運命の共犯であるという考えに苦しみのすべてがあります。
大部分のものが同じ運命にあり、
あなたは暗い誕生から忌まわしい最期まで
自分を追ってくる不幸を感じ取られた。
それは単純な話、穏やかな表情の自然の中で
社会的な不運に襲われる恐怖に支配されるということです。
自然は母性的であるように見えて、実はそうではありません。
都会は血も涙もないこの母親を継母に置き換えるだけで、
人間の愚かさと自然の残酷さを増長させているのです。

あなたの作品を読むと、
奴隷の身となり、そのことに疑いを持とうともしない
無数の生者について考えさせられます。
そのようにして、人は人生に耐えているのです。
しかし意識のひらめきが人を照らし、
人生に対する反逆という断崖に向かわせます。
覚醒した意識は人を解放するのではなく、
反逆せよと示すことで彼を破滅させるのです。

最も弱い昆虫と、食べるために始終あくせく働き、
精神が開花することもなく、
死ぬために生まれてくる悲しき群衆との唯一の違いは何か。
それは情熱のほとばしりがあるかどうかです。
おお人間の意識! 
これこそ人間の唯一の尊厳であり、最悪の敵なのです。
それは愛を根こそぎ毒化することさえあるのですから。

自然は生まれてきた人間を慰めはしません。
自然は自分の運命を受け入れて生きること、
否、おそらく生まれ変わることを納得させることしかしません。
ですが、情熱はそれを超えて訪れます。
情熱は私たちに意志と調和する世界を要求します。
あなたはこの悲劇のイメージを描きました。
あなたのつつましい主人公の悲劇は、
王や王女の悲劇ほど致命的なものではありません。

あなたは主人公に涙していません。
一種の平然とした慎重さを保っております。
しかしそれは、無関心とはまったく違うものです。
運命的なものに対して人間が払うべき敬意を表したものだと思います。
あなたの文章の調子は正しく、ほとんど感情的にならず、
常に明確・簡潔ですっきりしています。
景観描写も同様です。あなたの白黒の素描はヴォージュ山脈、
延々と連なる山道、山腹に咲き誇るピースの花々――と、
冬の救いを見事に表現しています。

あなたの小説を読み進むにつれて、
読者はますますあなたを理解するようになります。
そして主人公を一層理解するようになるのです。
語り手としての才能は最も貴重なものではないでしょうか。
それは自然に形成され、ひとりでに消えていくものです。

親愛なるご婦人、私は読者諸氏があなたの作品を理解し、
最終的に私が本書に見いだしたのと同じ価値、
あなたに捧げている賞讃と同じものを見いだすことを願っております。

アンドレ・シュアレス